2026.03.26

NEWS

雑誌スマイラー118号「urban’ s camp Tokyo」



山の豊さが日々の暮らしに寄り添えるように。
食から都市と山を繋ぐ。

自然の恵みを届け続ける、ジビエ料理のパイオニア

国立にひっそりと佇む一軒の店。ここで提供されるのは、一般的なレストランでは決して出会うことのない、山の恵みそのものを味わえる特別な料理の数々だ。「山の豊かさが日々の暮らしに寄り添えるように」というコンセプトのもと、約11年間にわたってジビエ料理や川魚料理を通じて「自然は美味しい」というメッセージを発信し続けているのは、ジビエレストランのオーナー尾又慶寛氏である。


ジビエ文化の草分け的存在

ジビエ料理店をオープンしたのは、今から11年前。当時はジビエという食材が今ほど認知されておらず、処理場も全国的に少なかった時代である。「ジビエの魅力を伝えたい、ジビエが美味しいものだということを発信したい」という強い思いからスタートした店は、いわばジビエ文化の草分け的存在と言えるだろう。

2010年代のジビエブームについて、オーナーは複雑な感情を抱いている。マーケットの拡大自体は歓迎しつつも、ジビエを商材としてしか見ない風潮には強い懸念を示す。「自然のものなので、商材としてしか見ていないと、どこかで問題が起きる」という言葉からは、自然に対する深い敬意と責任感が感じられる。

厚生労働省のガイドラインを無視し、「処理場を通した肉を流通させるという決まりを守らない業者が増えた」と指摘する。トレーサビリティの確保や安全性の担保という、せっかく構築された仕組みを軽視する動きは、業界全体の信頼性を損なう危険性をはらんでいる。「正直者が馬鹿を見る」状況を憂慮し、「大半の飲食店がルールを守りきちんと取り組んでいるのに対して、ルールを守っていない少数の飲食店が、食中毒を起こしてしまったら、やっぱりジビエは怖いものという印象を与えてしまう」と業界の健全な発展が阻止される懸念を表明している。その反面、「ガイドラインが策定される以前からハンターシェフとしてジビエを提供していた飲食店へのフォローアップも必要」と話す。

自然の生態系を反映した食材へのこだわり

この店の特徴は、ジビエだけにとどまらない食材への「こだわり」にある。川魚や八ヶ岳麓の無農薬野菜など、山や河川を含めた自然環境の生態系が反映された食材を積極的に使用している。また自身と繋がりがある産地の食材を提供して、顔の見えない生産者の食材は極力使用しない。単なる料理の提供ではなく、自分自身が山歩きの中で磨いた感性で、その土地の自然環境そのものを食卓に届けるという姿勢が貫かれている。
店名の「アーバンズキャンプ」についてオーナーは、「グランピング」の対義語として捉えていて、都会に居ながら自然と触れ合うという「こだわり」が見て取れる。


都市と地方、理想と現実

オーナーの店舗展開の変遷も興味深い。甲府で始まり、富士吉田を経て、現在は国立。それぞれの場所での体験が、現代日本の地域格差や人口動態の問題を浮き彫りにしている。

甲府時代、「ほぼ東京の方がお客様で、ほとんど地元の方はいらっしゃらなかった」という状況は、地方での新しい試みがどれほど困難かを物語る。新しいものを受け入れる土壌、多様性を楽しむ文化的な余裕——これらはまだ地方には偏在しているのが現実である。

富士吉田では、人手不足が大きな課題となっていた。1年間でスタッフが3〜4人も入れ替わる状況は、地方の飲食店が抱える深刻な構造的問題を示している。仕事自体にやりがいがあっても、雇用条件などの理由から、長く働いてもらえる人材を確保することは簡単ではない。


文化の創造には時間が必要

「ブームからは落ち着いてきたが、文化として根付かせる為にはもう少し時間がかかる」この言葉には、真の価値創造に対する熱い想いがある。ブームは短期間で生まれ、短期間で去っていく。しかし文化は違う。時間をかけてゆっくりと根を張り、人々の生活に溶け込んでいく。

私たちは即効性のある結果を求めがちだが、本当に価値のあるものは時間をかけて育てるしかない。これは仕事でも、人間関係でも、そして食文化でも同じことが言える。

山梨県内の処理施設がこの10年間で5倍以上に増えたという事実は、地道な努力が確実に実を結んでいることを示している。一人ひとりの取り組みが積み重なって、業界全体が成長していく。派手ではないが、これこそが健全な発展の姿ではないだろうか。


未来への展望

富士吉田の店舗は現在民泊施設として運営されているが、国道拡張に伴うリニューアルの機会に「オーベルジュとして形を整えたい」という構想を持っている。これが実現すれば、「夏季限定の出張シェフ」体制での営業再開も視野に入る。宿泊と食事を組み合わせたオーベルジュ形態は、食と自然を伝えるというコンセプトをより深く体現できる業態と言えるだろう。


文化としてのジビエを目指して

「山の豊かさが日々の暮らしに寄り添えるように」というコンセプトには、失われつつある価値観への回帰の願いが込められている。自然とのつながり、食材への敬意、時間をかけて育む文化——これらはすべて、私たちが忙しい日常の中で見失いがちなものばかりだ。

一皿の料理の向こうに、山があり、川があり、そこで生きる動植物がいる。それらを大切に扱う人々の手があり、想いがある。そんな当たり前のことを、私たちは忘れてしまっているのかもしれない。

国立という立地で、山の恵みを通じて自然の魅力を伝え続けるこの店。ジビエ文化の成熟と健全な発展を願いながら、今日も丁寧に料理と向き合い続けている。


取材先
株式会社 Land-knot
<urban’ s camp Tokyo>
〒186-0003 東京都国立市富士見台1-7-1-111
TEL:042-505-4213

代表取締役社長(オーナーシェフ) 尾又慶寛 様