2026.05.15
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余白が生む出会いの場——下北沢「タリーズコーヒー」が描くアートとコーヒーの新しい景色


あなたの「自分に戻れる場所」は、どこにありますか
「また今日も、なんとなく一日が終わってしまった」——そんな感覚、最近覚えがないだろうか。予定はこなしている、仕事もしている、でもどこか自分の時間を生きていない感じ。家に帰っても仕事のことが頭から離れず、かといって職場でリラックスできるはずもない。現代人の多くが、そんな「家でも会社でもない場所」をどこかで探している。
下北沢に、その答えになりうる一軒がある。タリーズコーヒー下北沢店——チェーン店という先入観は、扉を開けた瞬間に静かに裏切られる。
「余白」を作るために、会社まで作った
運営するのは、株式会社ブランカの女性オーナー木口愛日氏。「ブランカ」とは余白を意味する言葉で、会社のコンセプトそのものだ。以前テレビ業界で働いていた彼女にとって、カフェで過ごす一息は、頭の中を整理するための唯一の逃げ場だった。その原体験が、起業の出発点になった。
下北沢との縁は、身内が地方でタリーズのフランチャイズを営んでいたことから生まれた。演劇、音楽、古着、アート——多様なカルチャーが混在するこの街に長年惹かれていたオーナーは、飲食未経験ながらタリーズ本社へ自ら足を運んだ。「タリーズの商品が本当に好きだった」という純粋な気持ちと、充実した研修制度への信頼が後押しし、この一店のためだけに会社を立ち上げた。
店内に一歩入ると、その本気度が空間から伝わってくる。全面ガラス張りのスケルトン構造、白熱灯の温かな光、そして都会の真ん中とは思えない植物の存在感。中央の柱を大きな木に見立て、緑がその周りを取り巻く「ツリーハウス」のような世界観は、設計の段階からオーナーが温め続けたイメージだ。壁はあえてコンクリート打ちっぱなし。これはギャラリーとして作品を際立たせるための意図的な選択で、月替わりで作家の展示が行われる。コーヒーを飲みながら、ふと視線を上げると誰かの表現がそこにある。「ギャラリーなんて敷居が高い」と思っていた人が、コーヒーのついでにアートと出会う——その偶然の接点を、オーナーは丁寧に設計している。
コーヒーそのものへのこだわりも妥協がない。タリーズの豆は国内焙煎で、海外農園と直接提携し品種開発の段階から関わっている。さらにこの店では、多くのチェーンが頼る自動スチームではなく、手動でミルクを泡立てる技術を全スタッフが訓練する。タリーズ社内の「コーヒーアドバイザー」資格保有者も、約25名のスタッフのうち7〜8名が在籍。茶色のエプロンをまとった彼らが淹れる一杯には、知識と経験と誇りが宿っている。チェーンか個人店かという話ではなく、誰が、どんな気持ちで作るか——その差が、一口飲んだ瞬間にわかる。
「お店」ではなく、「街の一部」になる
しかし、この店が他と根本的に異なるのは、空間やコーヒーの話だけではない。オーナーの活動は、店の外へと大きく広がっている。
商店街の清掃活動やラジオ体操への参加、地域理事会への出席は当たり前のこととしてこなす。さらに最近では、行政に働きかけて近隣の空き地に人工芝を敷き、管理を引き受ける代わりにイベント利用の許可を得た。若手アーティストの発表の場、似顔絵会、学生によるミュージカル公演——下北沢音楽祭の実行委員まで務めるオーナーは、街のエネルギーとこの店を、ひとつひとつ丁寧につないでいる。
「下北沢だから許されている活動がある」と彼女は笑う。大手チェーンがまずやらないような街への入り込み方が、ここでは自然にできる。常連になるほどに気づくことがある。スタッフが顔を覚えてくれること、街の話ができること、この場所がだんだん「自分の居場所」に感じられてくること。それはチェーン店に期待していなかったものかもしれない。でも一度味わうと、手放しがたくなる。
余白は、まだ広がり続ける
今後はギャラリーを一般にも開放し、より多くの作家が発表の場を持てる仕組みを整える予定だ。またブランカの新事業として、企業へのコーヒーサービス展開も構想中。カフェクオリティのドリンクをオフィスに届けるサブスクリプション型モデルや、出張カフェ、子供向けバリスタ教室まで、コーヒーを軸にした体験の輪はさらに広がろうとしている。
「余白の時間を作ることと、スタッフ一人ひとりの個性を活かすこと」——どれだけ規模が変わっても、そのふたつだけは変えたくないとオーナーは言う。
慌ただしい一日の中で、ここに来て、ただコーヒーを飲む。それだけでいい。でも気づいた時には、アートを見ていたり、誰かと話していたり、自分の中に少し隙間ができていたりする。
あなたが探していた「逃げ場」は、もしかするとチェーン店の扉の向こうにあったのかもしれない。
店舗情報
タリーズコーヒー 下北沢店
所在地:東京都世田谷区北沢2-31-7 アビティ下北沢 1F
電話:03-6804-8468
営業時間:全日 8:00-21:00




